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個人的な考えと思い込み

2016年の12月28日からスタートしたブログ。思い込みと感想を交えているため読みにくい記事ばかりですがお付き合いくださいませ。

どうやって卒業するのだろう

自慢話の激しい院生の先輩がドクターに進むらしい。それは大いに結構だし、D進とかナイスガッツ過ぎて応援したくなる。

正直、実家の金と自分の時間と精神面が強いというのが証明されている、憧れの境地ですな(尊敬の目)

しかも、D進先は我がF欄大からロンダリングもいいところってくらい凄い大学。
(先生の母校らしいからコネかしらね)

私もあの大学なら入りたいっす…

しかし、その先輩の恐ろしいところを言うと、以下のようになる。

研究成果、全部後輩から奪ったり、先生に(?!)やらせたりしてた

正直なことを言えば、私の良心からすれば「完全にアウト」なのですが、彼はそれをTAをしている講義で、堂々のアピールをしてますから、賢明ならスルーをしろということなのだろうか。

小保方晴子の再来ってあだ名でいいっすかね。D進先輩は男だけど。

ふと、D進される先輩に疑問が出た。

「この人、向こうでは卒業できるん?」

そもそも、奪い取るくらいには何も作れないらしい(成果を奪われた人談)

たしかに、彼は修士2年にして「オブジェクト指向を理解しないまま、Javaのできるボクチン」発言を繰り広げていた。

技術が足りないのは会話レベルで察せたのだ。

彼の話すオブジェクト指向の良い点が、プログラミングの当たり前な常識的なことをあげていた。なお彼は自称Javaのできる()ボクチン。

最高すぎる。

いや、私の彼に対する嫌味はいいけど、純粋に彼は卒業できるのだろうか。しかも実績の凄い一流国立大学に進学だぞ…

自分はプログラミングをしてないし、その大学に実績を巻き上げられる人もいないのに、彼は卒業できるのか。

(院がいかに論文至上主義でも、彼の実力としては)あの人は論文すらまともにかけるほどの力量じゃないって4年生の先輩から聞きましたよ。本当に大丈夫かよ。

博士課程より、就職の方が少しは良かった気がしなくもない。

しかも、彼のすごいところは他にもある。プログラミングができないと後輩から言われているくらいできない人なのに、(後輩から実績を巻き上げてるから)キャンパスで2番目の実績を誇っている。

自分で書いてないものを提出して、実績として評価されてるキャンパス2番目とか本気で厚顔無恥だと思うんだが(これは私の価値観がそう言わせてるだけで、リアルはこれが多いのかな?)

一番目は、学部生から実績を奪いまくっているけど、学部生を見下しているとある先輩です。

発言が正直学部生のプライドをずたずたにしてくる人だから、あの人以上にいい企業につきます(宣言)

あの人は先生が学部生から作ったものを奪って、それをそのままあの人に流すくらいには共犯って感じだから正直犯罪レベルだと思うよ。

参考見下す心は醜いね - 個人的な考えと思い込み

正直なことを言えば、なぜ彼らが評価されて、本当に頑張っている人は評価されないのだろうとかそういうことだ。

実績を奪われる後輩、実績は自分でしか産まない院生のすごい人たち、何故か学生からねだられプログラミングでソフトを作らされ続けてる准教授止まりの先生。

何故に彼らは評価されてない?!

いや、准教授は正直頼られるのが好きで、自分の休みを積極的になくしたいマゾかもしれないし、知らんけど。

(´・ω・`)

正直、人の努力を奪う人はいつかかえってくると思うんです。

返ってくるときに、小保方さんのように取り返しがつかなくならないように、せめて今のうちから少しだけでも自分で何か考えたり、手配したりしないとまずいと思うの。

論文界のミラクル、小保方さんも不正が多かったのだし、こうやって恥も知らずに後輩の実績を奪う人たちも不正ばかりで偉い顔してて面白いね。

人の振り見て我がふり直せないのはいただけないよ。

不正が発覚したら、首を絞めるのはあなた。嘘をついてないと言っても、もし仮に実績奪いで後輩から恨まれているのならば、その恨みは尊重されるべきだと思う。

恨まれてないのはおそらく嘘なのだ。みんなから嫌な顔をされている。それに気づいていない。気づかないようにしているのかもしれないけれど。

気づかないようにしていると、いつかは気づかなくなる。そして、気がついたらとある先輩のように、自分自身が実績を奪っている人の悪口まで言い始めるかもしれない。

多分、嘘ややましいことを付けば心がわからなくなってしまう。だから嘘はつかないほうがいい。

本物がわからなくなった心は、もとに治すのがかなり難しい。

そんなことをする必要はないのだ。見定められる力をあえて潰すなんて馬鹿な真似は。

自分をよく見せる必要はなくて、自分が導かれているものを努力すればよく見えるようになるものよ。

だから、自分を良くするために、人から奪うのはやめる必要があるとおもう。

印象を良くしたところでボロが出たら、見えるのは結局もとのあなただし、ボロが出たら印象が悪い。

本来はありのままで受け入れられる。実績至上主義なのは院生だからあるとは思うが、自分の努力を話せられる機会が与えられたら、それでいいではないか。

それ以上に何を求む?自分じゃないものを求めるのに価値はあるのか?

自分のことをありのままに話せる人は少ないのだし、それを話せる人は立派なのだから。

それを理解していなく、自分の人から巻き上げた実績を自分の実力だと思いこんでいるうちに、彼は卒業できる気がしない。

もう、博士課程になれば誰も救ってくれるはずもないのだろうから。

だから、彼が卒業できるのか、私にはわからない。

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