個人的な考えと思い込み

2016年の12月28日からスタートしたブログ。思い込みと感想を交えているため読みにくい記事ばかりですがお付き合いくださいませ。

言葉は簡素に、でも的確に

最初に忠告しておくと、これは戯言だ。答えではないし、あっているとは言ってない。

 

ただ、自分の意見を書きたくて、ここで書いている。

 

 

最近理解できたことがある。

 

一番、ものを理解している人は簡単に伝えられる人なのだなということだ。

 

そして、簡単さが全ての不必要な壁を壊せると思う。

 

全てにおいて、簡単さは大切だと思う。

 

専門性や特筆したものや複雑さが大切ということは、重々理解しているつもりだけれど、

 

でも、やはりそのすごさとか特徴の中にも簡単さというものは、どこかに見出さないといけないのではないかな。

 

簡単であれば、人に使われたり、人から選ばれたりする可能性が上がるのだから。

 

そして、私だけかもしれないけれど、簡単さというのは全てに繋がると思う。

 

私たちの生きている上である物事とは、複雑なようでいつもシンプルなのではないだろうか。

 

でも、難しいのだ。

 

それは、普通のことが、色んな言葉によって難しくされているからだと思う。色んな言葉、というのは、環境もしかり、状況もしかり、一番は感情なのかもしれない。

 

それらは、1つ1つは簡単でも、合わさると難しくなってしまう。

 

難しくしてしまうと、シンプルなものを難しいものだと理解してしまう。

 

それは物事に壁を作ることになるのではないかと思う。

 

壁はいらない。

 

壁があるから、壁を乗り越えられたと錯覚している強がりが、自分より弱いと勘違いしている人に壁を乗り越えられたと自慢しているところもあるように感じる。

 

自慢することによって、自慢された側に意欲を削いだり、考えることを停止させたりする悪質な人がいるから、機会を均等に与えられなくなることがあるのかもしれない。

 

この、目先が暗いこの国では、この古すぎる壁はもういらない。捨て去ろう。

 

等しく、壁を乗り越えられれば、少しでも機会を与えられるかもしれない。

 

その機会を与える要員なんて、一ミクロン程度でも構わない。等しく、人は考えて、機会を与えられて、そして壁を乗り越えて欲しい。

 

それが私の痛烈な願いだ。

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